昨日、晩御飯中に、息子が急に
「こんなに学校が始まることに何も感じひんのは初めてや。
今まで単に朝起きるのが嫌やな、とかも含めて、行くの嫌やな。と思う事しかなかった。」 と言った。
少なくとも中学2年生の間はもう不登校になる心配は無いな、と思った。
子供を不登校にさせてしまった、という罪の意識
私は息子が不登校になって、ネットで”不登校”って検索しまくった。
不登校中はそれはもうしんどくて辛くて、どんなことでもいいから解決方法を、って必死だったと思う。
だけどどんな解決方法や情報を見ても、その通り!って思えるものはほぼ無かった。
それでも自分のやってきたことが息子をこんな風にしてしまった、自分のやり方が正しくなかった、と思い込んでいたから、そんな対応で良いの?って本心では疑っていても、ネットや本の情報を信じていた。
「自分は間違ってるから」の呪いにかかって、我が子や自分の気持ちにすら寄り添うことが出来なくなってしまって、相当に視野が狭くなっていたことに気付いてなかった。
不登校って言葉は学校に行っていない、ただそれだけの言葉
これは不登校が解消している今になってやっと気付いたことです。
不登校になる原因は本当に多種多様です。学校に行ってない理由なんて無限にあってどれ一つとして全く同じ理由は存在しない。
なのに不登校が急に自分に降りかかってきた途端に、”不登校”って言葉は自分の子供のケースだけを指している言葉になってしまっていたんです。
学校に何か嫌なことがある場合も、自分の心に問題がある場合も、家族関係に悩んで疲れた場合も、想像すら及ばない何かが行かない理由になっていたとしても、学校に行っていないという事象をすべて ”不登校” と言う、そんな根本的な事がつい最近までわからなくなってしまっていました。
不登校の解決法なんてものは存在しない
不登校って言葉に無限大の背景、理由が含まれているのだから、その解決には無限大の対処法があるわけで、不登校という言葉たった一言だけで解決法を検索しても、子供のケースに当てはまる対処法にはほぼたどり着けない。
渦中にいるときは、何でもいいから!って思ってしまうけれど、溢れる情報の中から当てはまっているか、いないかの選別が必要なのに、親が「自分は間違っている」の呪いにかかってしまっていては正しい選別が出来なくなって、見当違いな対処法をしてしまうことが起こる。
私は比較的早い段階で、誰がどう言おうと、私は私の考えで子供に対応する。責任は私がとる。と腹を括って、一般的ケースの検索をやめたので、専門家と言われる方の広く言われている対処法などはほぼやっていません。
うちの場合はそれでも大丈夫でした。
「自分は間違ってるから」の呪いにかからないで
子供のために、親が考え、頑張っている行動はきっと子供に伝わると信じています。
親である自分の考えに自信を持ってください。
あれもこれもしてはいけない、言ってはいけない、と腫れ物に触るように気を遣い、静かに見守りましょう、それが自分の子にとって正しい対応とは限らない、と私は思います。
親の気持ちを子供に全力で伝えることは、お互いを解りあう為に必要だと思います。
ただ、自分のやり方だけが正しい、と思い込むことは危険です。
うまくいっていないと感じたらそれも素直に受け止め、暴走だけはしないで下さい。
子供だと思っていても中学生は話せば理解してくれます。
親も対処法がわからないなら、子供に聞いてみて下さい。
拒絶されても、しつこく、自分から心を開いて、多少強引な手を使っても聞き続けて下さい。会話さえ出来るような関係なら、子供の気持ちが少しずつでも聞けたなら、なぜ不登校なのか理解できるようになると思います。
どんなに小さなくだらない事でも対話することが一番の解決方法だと今は思っています。
不登校解決には個々に専用の対応が必要
このブログを書いていた息子が不登校渦中にいた頃はまだ、うちのケース以外の不登校のケースがどれほど深刻なものなのか、という事にまで配慮できていなかった部分もあります。
背後に病気や発達障害等が隠れている場合もあるし、お子さんによっては誰かに怒られたことで、自分を全否定されたと思い込んで傷付き、塞ぎ込んでしまう、といったこともあるようです。本人に問題がある場合、学校や親、友達に問題がある場合、両方の場合もあるでしょう。
あくまでもうちの場合はこうでした。というだけで、こんなケースもあるんだな、という視点で読んでもらえればと思います。
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